大判例

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東京高等裁判所 昭和46年(ネ)1122号 判決 1973年1月23日

控訴人 佐々木栄治

被控訴人 国

訴訟代理人 矢崎秀一 ほか五名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。控訴人が郵政省岩手県宮古郵便局保険課に勤務することを仮りに定める。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上法律上の陳述および証拠の関係は、双方代理人において、次のとおり補足陳述したほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

一  控訴代理人の陳述

(一)  旧憲法の下における官吏の勤務関係の法律的性質は、公法上の特別権力関係であつて、私法上の労働契約関係とは全く異るものと解されていた。旧憲法の下においては、官吏の任免を天皇の大権事項とし、官吏は天皇に対して人的な忠誠従順の義務を負い、無定量の勤務に服し、天皇に対し特殊な身分的従属関係にあるとされていたから、当事者対等を建前とする民法の法理を適用する余地はなかつたわけである。しかし、旧憲法下においても、学術的もしくは技術的の事務又は機械的の労務のように特に右のような身分をもつ官吏に担任させなくともよい職種については、国の事務に従事する者であつても、これらの者の勤務関係は、民法上の契約によることが出来るとされる余地があつた。したがつて、旧憲法下においても、官吏の勤務関係の法律的性質は、官吏の天皇に対する特殊の身分関係に基づくものであつて、その従事する職務の公的性質に基づくものではなかつたのである。

ところが、敗戦後日本国憲法によつて「天皇の官吏」は「国民全体の奉仕者」たる「公務員」となり、国家公務員法(以下、国公法という)か「公務の民主的且つ能率的な運営を保障すること」を目的として制定された結果、公務員の範囲は単なる労務供給者や臨時的に公務に従事する者までも広く包含することとなり、他方において公務員も勤労者として労働基本権が保障されることになつた。これによつて、公務員は、かつての天皇に人格的に隷属する特権的身分を有する「官吏」とは異なり、政府に雇傭されて国家事務に従事する労働者になつたのである。

このような「官吏」から「公務員」への変革は、官吏の勤務関係の法律的性質を特別権力関係と説く見解の存立の基盤を奪つたものといわなければならない。しかるに、公務員が国民全体の奉仕者である点を根拠として、なお、公務員の勤務関係が公法上の権力関係であると説く者があるが公務員が国民全体の奉仕者と規定されたからと云つて必然的にその勤務関係が労働契約関係以外の特殊なものであると解さなければならないものではない。問題は、国民全体の奉仕者としての公務員の勤務関係の実定法上労働契約関係以外の特別なものとして規定されているか否かにかかつているからである。

実定法上、公務員ことに現業公務員の勤務関係は、基本的には労働契約関係であると解すべきである。

すなわち、公務員関係は、政府と公務員になろうとする者の意思の合致によつて成立するものであり、国公法は、公務員が、法律命令規則又は指令による職務を担当する義務を負う旨規定(同法一〇五条)する反面、職務と責任とに応じた給与を受ける権利を有する旨規定(同法六二条)し両者が有償双務の関係にあることを明らかにしている。公務員の勤務関係が民法上の雇傭関係と異なる点は、(1) 使用者が政府であること(2) 従事する職務が国の事務で、その内容が法令によつて定められていること(3) 公務員関係の内容がほとんどすべて法律、規則によつて定められていることの三点であるが、これらの点も公務員の勤務関係を労働契約関係であるとする結論を左右するに足りるものではない。すなわち、(1) については、使用者が政府であつても、このことから直ちに公務員関係が特別権力関係であることにはならない。私法上の「使用者としての政府」という考え方も十分になりたつのである。公務員関係は「任命」にはじまるが、これは公務員になろうとする者の「申込」に対する「承諾」を意味するものに過ぎないし、任命権者や公務員の資格要件が法定されているのは、公務の民主的かつ能率的な運営を保障する目的に出でたもので、民間企業においても、採用決定者、採用方法、採用基準が定められているのが通常で、特に異なるところはない。(2) については、公務員の従事する業務が国の事務であることも、公務員の勤務関係を労働契約関係と異なる特殊のものと解すべきことにはならない。国の事務は、単なる権力行使活動ばかりではなく、広く経済活動を含んでおり、現業公務員については、殊にこの性格が明らかである。国鉄その他日本開発銀行、日本輸出入銀行などの公法人も、その職員はすべて法令により職務に従事するものであるが、その勤務関係は労働契約関係であるとして何らの疑義をもたれていないのである。のみならず、前記のとおり旧憲法下においても、学術的もしくは技術的の事務又は機械的の労務については、民法上の契約によつて担任せしめることが出来ると解する余地があり、実際にも、郵便集配人その他多数の公務従事者の勤務関係が契約上のものであるとされていたのであつて、これらの事実は、国の事務に従事することが直ちにその勤務関係を公法上の特殊なものと解する根拠たりえないことを示すものと云えよう。(3) の点は、民主的能率的な公務の運営を確保するための措置にすぎず、殊に現業公務員の場合は、公労法八条によつて、その勤務条件を団体交渉によつて定めることとされ、労使対等の原則に基づく広範な私的自治が認められているから、特に問題とするに足りないのである。

公務員が憲法上労働基本権を保障された労働者であることは、公務員も私企業の労働者と同様に、賃金によつて生計をたてる労働者であるという経済的社会的事実からして当然生ずる結論というべきである。

(二)  現業公務員の配置換は労働条件の変更の一つである。

ところで、国公法九二条の二は、職員の意に反する著しい不利益処分又は懲戒処分であつて人事院に対して審査請求又は異議申立てをすることができるものの取消しの訴は、審査請求又は異議申立てに対する人事院の裁決又は決定を経た後でなければ、提起することができないと定めているから、国公法は職員の意に反する著しい不利益処分又は懲戒処分については、抗告訴訟をもつて争うべきことを前提としているものと考えざるをえない。しかし、このことは著しい不利益処分又は懲戒処分が本質的に行政処分であることを意味するものと解さなければならないものではない。これらの処分は典型的な不利益処分であるから、同条の規定は、これらの処分に対する不服については、人事行政機関として「職員に対する人事行政の公正の確保および職員の利益の保護等に関する事務をつかさどる」(国公法三条二項)人事院をして審査せしめて処分の公正を期するとともに、処分に対する取消、修正権限を与えることによつて職員の利益を保護しようとする政策的な配慮によつて設けられたものと解すべきである。したがつて、著しい不利益処分又は懲戒処分に該当しないものは、抗告訴訟によつて争わなければならないものではない。国公法八九条の「いちじるしく不利益な処分」というのは、そこに例示されている降給、降任、休職、免職などと同種同程度の不利益処分をいうものと解すべきである。右に例示された処分は公務員の身分保障に直接関係する性質の処分であり、その他いちじるしく不利益な処分とは、その処分の類型として右に例示されたものと同程度で公務員の身分保障に直接関係のある処分をいうと解される。しかるに、配置換は、労働条件の変更ではあるが、就労場所又は従事すべき業務内容を変更するにすぎず、常にいちじるしい不利益を伴うわけではないから、同条にいういちじるしい不利益処分には該当しないのである。そうだとすると、本件配置換については、民訴法の仮処分の方法による救済を求めることができるといわなければならない。

国家公務員は、国から給与の支給をうけて国家事務に従事し、その勤務関係は国公法の規定するところであるから、その勤務関係が公法関係であることは、否定できないが、その勤務関係が公法関係であることから直ちに、本件の配置換の命令が、行政事件訴訟法四四条にいう「公権力の行使に当たる行為」に当たると解すべきではないのである。

二  被控訴代理人の陳述

(一)  原判決に記載の被控訴人の主張のように、郵政省職員が一般私企業労働者と異なる特殊な地位にあることは、郵政事業が国民生活への影響が大きく、なるべく安い料金であまねく公平に提供される(郵便法一条〕必要上、国が郵政省という行政機関をもうけ自らこれを行なうこととし、郵政職員は郵政事業に従事することにより国民全体の奉仕者として公共の利益のために勤務する(国家公務員法九六条一項)ことを求めた立法政策の当然の帰結である。このことは、勤務関係の成立時において、契約関係と同様に相手方の同意を要するものであつても、右同意は、前記の支配関係に服することの承諾を含むものであつて、同意を要する関係であることが、かくて成立した関係が公法関係であることを妨げるものではない。

(二)  控訴人は、配置換え命令の争訟手続は、抗告訴訟による旨の明文がない以上民事訴訟によるものとされる。しかし配置換え命令はつぎにのべるとおり明文の根拠をもつ行政行為であり、その不服申立は、国家公務員法(以下「国公法」という。)八九条たいし九二条の二により人事院に対する不服申立、抗告訴訟によるべく、かつ、その範囲内で救済され、それ以外のものは、行政庁の裁量行為に属している。

まず、配置換え命令の根拠について補足する。

国公法三五条は「官職に欠員を生じた場合においては、その任命権者は、法律又は人事院規則に別段の定めのある場合においては、その任命権者は、法律又は人事院規則に別段の定めのある場合を除いては、採用、昇任、降任又は転任のいずれかの一の方法により、職員を任命することができる。」と規定し、人事院規則は「任命権者は、臨時的任用及び併任の場合を除き、採用、昇任、転任、配置換又は降任のいずれか一の方法により職員を官職に任命することができる。」と定めたうえ(人規八-一二「職員の任免」六条一項)。配置換の定義規定(人規八-一二・五条四号)を置いているが、右定義規定については、別に指令で定める日前においては、従前の例によるものとされており(人規八-一二・八一条)、従前の例として、配置換は職員を任命権者を同じくする他の官職に任命すること(昇任または降任を除く。)とされ(昭和四三・六・一人事院事務総長通達任企-三四四「人事院規則八-一二(職員の任免)の運用について(通知)」、配置換の手続は一定の様式による人事異動通知書を交付することによつて行なわれる(人規八-二一・七五条一号、八〇条)。配置換を含むところのこれらの任命は任命権者によつて行なわれるのであるが(国公法三五条人規八-一二・六条一項)、任命権者が国公法、人事院規則にもとづいて任命の一つの方法として配置換を行ないうることは、任命権者のいわば当然の権限である。すなわち、任命権者は採用という方法によつて人をある官職に任命し、その後必要に応じて、職員の適正な配置をはかるため、他の官職に任命することができるのであり、これは任命権者の本来的な権限であつて、これなくしては入事の適正はとうてい期しえない。国公法三五条は官職に欠員を生じた場合の欠員補充の一方法として転任(配置換を含む)によつて職員を官職に任命しうる旨規定しているが、この規定はすでに生じている欠員の補充の場合にのみ配置換が行なわれるという趣旨でないことはいうまでもない。すなわち、一連の人事異動が行なわれる際にあたつてある異動によつて生ずる欠員の補充のためにも配置換は行ないうるのであり、このような異動-欠員-補充という過程が相互に連関して同時的に行なわれるような場合の配置換も国公法、人事院規則上の配置換であることに変りはない。

国公法は、降任、免職、休職については、特にその要件を定めている(同法七八条、七九条)が、それは、これらの処分が一般的には公務員の身分に対する重大な処分であるため、特にその要件を厳格に定めたのに対し、配置換えは任命権者が、職務の適正かつ能率的な遂行のため、諸般の事情を考慮して決すべきすぐれて裁量的な処分であり、かつ、特段の場合を除いては、公務員に対し、不利益を与えない処分であるため、国公法または人事院規則上その要件を定めていないのは当然のことである。したがつて、配置換え命令が国公法八九条の「いちじるしく不利益な処分」に該当する場合には、当該公務員は、同法八九条ないし九二条の二の規定により、人事院に対する不服申立手続を経たのち、抗告訴訟を提起でき、また不当労働行為にあたる場合は、公労委に対する救済申立も求めうるが、それ以外に民事訴訟上の救済を求めることはできない。

控訴人は、国公法八九条の「いちじるしく不利益な処分」とは、個別的処分についてそれがいちじるしく不利益を伴うかによるべきでなく、処分の類型として他の列挙された処分と同程度のもので、かつ身分保障に直接関係する処分に限るとし、配置換え命令はこれに該当しないとされる。しかし、配置換え命令は、任用処分の方法の一つとして当然身分的側面を有するものであつて、人事院に審査請求をし抗告訴訟をもつて争いうる処分を処分の類型として、身分保障に直接に関係するものに限定すべき理由はない。むしろ、配置換え命令が、「いちじるしく不利益」になる場合は、第一次的には、人事院への救済を認め、行政機関内部において、迅速かつ簡便に解決させることが法の趣旨に合致する。

(三)  そこで、本件配置換え命令は、行政庁の処分その他公権力の行使にあたる行為であるから行政事件訴訟法四四条により民事訴訟法の仮処分をすることはできない。

理由

当裁判所も、本件配置換の命令については、民訴法所定の仮処分の方法による救済を求めることはできないと認めるものであつて、その理由は、原判決の理由の記載と同一であるから、ここにこれを引用する。

これを要するに、控訴人が郵政省職員の勤務関係を現象的には労働関係に外ならないとし、ひいて労働条件の変更である配置換えに対する不服申立については、民訴法の規定が適用さるべきであるとする所論は、立法論としては格別、原判決中に説明の国公法その他の法令が郵政省職員に適用されている以上、それら現行法の解釈論としては、これを採ることができない。

よつて、本件配置換えにつき仮処分による救済の申立を不適法として却下した原判決は正当であるから、本件控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担について、民訴法九五条八九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判官 中西彦二郎 松永信和 長利正己)

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